農山村の景観と観光:イタリア、スイスの事例から

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
山本祐子

農山村の景観・文化はいかにして守ればよいのか

インバウンド観光が推進される中、豊かな自然環境や伝統文化を有している農山村では、これらの資源を活用した観光産業に期待が寄せられている。しかし、これらの地域では人口減少・高齢化が進行しており、景観保全や伝統・文化をいかにして維持するかが大きな課題となっている。

観光資源として求められる農山村の景観のことを、二次的自然環境と呼ぶ。この二次的自然環境は、農業生産や生活を営まなければ形成が難しい。であるならば、今後ますます耕作放棄地や空き家が増加していくことが予想される農山村の環境で、観光を推進するために必要な二次的自然環境を誰が守っていくのかを考えなければならない。

日本では農家人口の減少問題に対し、長年に渡って多様な支援策に取り組んできた。にもかかわらず、一部に明るい兆しが見られなくはないが、未だ根本的な課題解決には至っていないのが現状である。農山村の原風景は観光資源としての役割にとどまらず、日本人にとっても癒しの空間となり、心を豊かにしてくれる貴重な場である。農山村地域における農業人口の減少が止まらない中で、いかにして貴重な農山村の文化や田園風景を維持していけば良いのだろうか。

農業人口の減少は日本だけの事象ではない。日本同様に平地面積の小さいスイスやイタリアにおいても同様である(表1)。しかし、スイスはその山岳地域が大きな観光資源となって世界有数の観光立国である。また、イタリアもトスカーナ地方に代表されるように、中山間地域に広がる自然豊かな景観に魅せられた人々が訪れる観光国である。そして、これらの国々では、見事に農山村の二次的自然環境が保たれているのである。いったい、いかなる方法で農山村の景観を維持しているのだろうか。本稿では、スイスおよびイタリアにおける、農山村の景観を維持する方策がいかなるものかを探ることにした。

表1:農地の状況(2015年)
資料:農林水産省「海外農業情報」より作成

イタリア(トスカーナ地方)外国人労働者の活用:ワイナリーの事例

農業従事者の減少という問題は日本だけではなく、多くの先進国においても同様に生じている。農業全般の問題は常に農業収入と密接な関係にある。イタリアの農村地域ではこの問題の解決策として、1990年代から「農業の多面的機能を活用した多角経営が推奨され、地域経済、景観、居住環境等」の改善策が施行され、中でもアグリツーリズモ(農泊やレストラン経営)が有用な策になっている(中野・他:2015)[1] 。

しかし、農業の多角経営により農業そのものの経営が安定したとしても、次世代の農業を担う従事者が減少している。農園の多角経営を行うための労働力はどのようになっているのか、という問題が残るのである。そこで農山村の景観の行く末は誰に委ねられているのか、という本論の主題に入りたい。

この課題を念頭におきながら、トスカーナ地方の「小さな村」ズヴェレート(Suvereto)にあるワイナリーを視察した。オーナーは労働力の問題について、「外国人の労働無くして、農業が成り立たなくなって久しく、この農園で働いてくれる人々の多くは外国人です」と述べている。また、一口に外国人労働者と言っても、担う仕事や業種により様々な外国人が働いていた。葡萄やオリーブの収穫にはパート労働者を季節労働者として雇うという。このパート労働者等は近隣に定住し、地域の農園を渡り歩くそうだ。

イタリアは南部を中心に失業率が高い。それにも関わらず、なぜ農業労働者が不足するのだろうか。この質問にオーナーは、「イタリア人はたとえ失業していても、重労働な農業労働はやらなくなっています」と答えた。現実的に、このワイナリーで働く人材の大半は、外国人である。葡萄やオリーブの収穫には季節労働者を雇い、ワインの製造やマネジメントに関わる人材としてワイン製造研修生を活用していた。研修生は農園内の宿舎で暮らすことができるため、研修生側と農園雇用側の双方にとってメリットがあるようだ。また、このワイナリーでも経営安定のために多角経営を行っている。そのうちの1つにアグリツーリズモがある。農園内に宿泊施設やレストランを建設し、副業としている(図1、図2)。他にもモンテルーポ・フィオレンティーノ(Montelupo Fiorentino)にあるワイナリーを視察したが、やはり同様の副業によって経営の安定を図っていた(図3)。いずれの事業でも数多くの外国人労働者が働いていたことから、トスカーナ地方の自然豊かな景観は外国人労働者無くして成り立たない、と言っても過言ではないだろう。

図1:農園の宿泊施設(ズヴェレート)

 

図2:農園が経営するレストラン(ズヴェレート)

 

図3:農園の宿泊施設とサイクルスポーツを行う客(モンテルーポ・フィオレンティーノ)

 

スイス「小さな村」の暮らしの継続:ディセンディスを事例に

日本の農山村での景観維持において懸念される点として、空き家が景観を損ねることがある。人口減少・高齢化の進行とともに、今後農山村において空き家がさらに増加していくことが予測されている。この問題の解決策として、農山村の一部では移住者への空き家の提供が実施されてはいるものの、多くの空き家は朽ちるまで放置されているのが実態である。この背景には、高齢者が長年暮らした家に住み続けたいという強い意向がある。住民の意向は尊重すべきではあるが、地域のインフラ整備の問題も重なり、自治体の財政がどこまで続くのかという不安は残る。

スイスには、こうした問題の解決の可能性を持つ村の事例がある。この事例を通して、空き家対策、景観の維持問題について探ってみることにする。

スイスのグラウビュンデン州の山岳地域に、ディセンディス(Disentis)という、人口2千人の「小さな村」がある。村を形成する集落は山岳地域の傾斜地に位置し、広範囲に点在している(図4)。最も小さなコミュニティは数世帯から成り立つ。産業は牧畜および観光だが、特別に有名な観光地というわけではなくスイスの「小さな村」では、多くの地域で見受けられる。冬場はスキーリゾート、夏場はキャンピングやトレッキングなどの自然体験型観光を提供している。ディセンディス自体は有名な観光地ではないが、スイスアルプスを横断する氷河特急が停車する。ディセンディス駅はルート最高地点のオーバーアルプ峠(2、033m)の入口にあたり、ここから先は別の鉄道会社(マッターホルン・ゴッタルド鉄道)の運行となるため、氷河特急が停車するのである。

図4:ディセンディスの「小さな集落」コミュニティ
 

山間地域の人口2千人規模の村というと、日本では限界集落として継続が危ぶまれる地域も少なくない。しかし、ディセンディスは小さな集落コミュニティでも、暮らしが継続できている。これを可能にしているのは、住民の臨機応変な生活がある。

1つ目は、山岳地帯に居住している住民が、複数の居住家を持っていることが特徴である。この地域は標高が高いため、冬場を過ごすのは厳しい。そこで、冬場には山岳地帯にある基礎集落の家を閉鎖し、移動しなくても日常生活に支障をきたさない基幹集落や中心集落の住まいで暮らすのである。つまり、山岳地帯と基幹集落・中心集落の双方に居住家を持ち、住み分けを行っている。したがって、複数の居住家を上手に活用しているため、空き家になる率が極めて低いのである。

2つ目に、雇用の場の確保がある。職場は地元だけに限らず、列車で1時間の距離にある町、クール(Chur)にもある。クールは人口約3万5千人、スイス最古の町であり、スイス屈指のショッピング天国となっているため、クール近隣周辺の村の住民が働くことが可能となる。

3つ目に、コミュニティの充実がある。ディセンディスのいずれの集落に暮らしていたとしても、中心集落・基幹集落のコミュニティセンターや高齢者福祉施設などが交流拠点として機能しているため、住民は孤立することがない(図5)。これができるのは、自助・共助・公助が上手く連携し合っているため機能していると考えられる。

 

図5:集落間のネットワークとコミュニティ

 

以上が、スイスの「小さな村」ディセンディスの暮らしの継続要因と考えられる。もちろん、文化の違いもあることから、日本でそのまま同じ方法が活用できるとは言えない。ただ、日本以上に山岳地域の「小さな村」が多いスイスでは、環境の厳しさを乗り越えるために多くの知恵を出し合って暮らしを継続させている(図6)。このような知恵の中に、日本でも応用できるヒントが隠されているかもしれない。

 

図6:スイス山岳地域の景観と暮らし

地域を誇らしく思う気持ちと暮らしの継続のための知恵

海外の事例が、日本に適用できるのかは分からない。だが、景観の保持には地域を誇らしく思う気持ちが重要である。また、暮らしの継続のための数々の知恵の中には、おそらく普遍的にも応用できる、ヒントとなるものがあるだろう。

トスカーナ地方の素晴らしい景観は、外国人労働者の手がなければ成り立っていない。日本においても人手不足が深刻化しているため、外国人人材の活用が始まっている。グローバル化の潮流の中で多様な人材を確保し、いかにして誇れる地域を残せるのか、それぞれの地域で考えるべき時期に来ているのではなかろうか。

 


[1] 中野美季・他(2015)「イタリア社会的農業の研究:新法案と州法整備状況から見る進化と現状」,村計画学会誌34巻論文


2019.11.01