SDGsなど、新しい時代の普遍的価値を掲げる意義

著者
大正大学地域構想研究所 教授
首藤正治

日米貿易交渉の決着

日米貿易協定交渉が最終合意に至った。トランプ大統領によるTPP離脱で大きく局面が変わり、二国間で不安な交渉が続けられてきただけに、交渉関係者ならずともホッと一息といったところだろうか。

そもそもアメリカがTPPや北米FTAをはじめとする多国間貿易協定に急に否定的になったのは、(前オバマ政権路線の否定という意図とともに)「交渉の天才」を自認するトランプ大統領が、大国の力を背景にした個別交渉の方が得だと考えたためだ。

トランプ大統領はアメリカ・ファーストに転換すると言い続けているが、では以前は他国を慮った方策として自由貿易協定などを推進していたのかというと、そんなことはない。グローバリズムの名のもとでアメリカ資本の収益機会を作り出し強欲資本主義を展開してきたのは、他でもないアメリカ合衆国の資本家たちだった。一時はアジアで金融危機を招いたこともある。ヘッジファンドによるアジア諸国からの略奪とさえ言えるほどのものであった。

だから本質は、トランプ政権になって急に自国第一主義に転換したということではなくて、国益追求のアプローチを変えたということに過ぎない。しかし別の観点から言えば、これは政治の劣化そのものだ。

理想を放棄した政治

これまではアメリカの標榜する「自由」を、すなわち世界が共通して掲げるべき基本的価値であるとして国際貿易のルール作りがなされてきた。

そして、アメリカ優位をもたらすそのルールのもとでアメリカ資本が世界展開を図ってきたのだが、トランプ大統領はもっと短絡的に、ルール無用で自国に有利な個別の取引をしたがっているだけのように見える。これまで建前なりとも「正義」を前面に出していたアメリカが、それをかなぐり捨てて強者の論理で商売をするようになったということだ。

戦後の日本人の多くはアメリカに対して憧れの感情を抱いて頑張ってきた。私が政治家になったのも、幼い頃にケネディ大統領に感じた眩しさが原点としてあったように思う。

私たちが何に憧れたのかと言えば、豊かな大国が理想を掲げチャレンジする姿だった。もちろんJFKにしても完璧にクリーンな政治家だったわけではないが、少なくとも、黒人の公民権確立など命をかけて理想の国を実現しようとしていた。弟のロバートもそうだ。彼らの演説は本当に理想に燃えていて、シビレるものがあった。

反米の立場の国々からは「偽善だ」という声が聞こえてきそうではあるが、そうした理想を保ち続けたからアメリカは特別な国たり得たと私は思っている。それが悲しいことに、今やロシアや中国と同列の国になってしまった。

少なくともかつてのアメリカは、自国の利益を求めるについて、錦の御旗のもとで進めていく分別を持ち合わせていた。それが自由公正をうたう国際的なルールづくりという形を取っていたのだ。

ルールというのは、何らかの思想や考え方を形にするために作られる。その根本は「民主主義」、「自由」、「平等」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」などの普遍的価値と言われるものだ。

政治が劣化したと述べた意味は、こうした理想を一顧だにしない国にアメリカが堕してしまったことだ。しかもそれを世界が認識してしまったがゆえに、劣化は各国に連鎖している。

競争と協調が絡み合う国際社会にあって、大国が理屈抜きに自国の利益追及に走れば、対抗上その反作用として、他の国においても自国の利益のみに固執するリーダーが国民から選ばれることになる。そういうリーダーは本当の強さを持たないので、国民の歓心を買うためにポピュリズムに走る。

そう考えると、政治的には出口の見えない混迷の時代に突入してしまったようで、暗澹たる気分になる。諸国間の信頼関係が破綻して世界は軍拡に転じ、地球温暖化対策などの不都合な真実には目をつむろうとしているではないか。

新しい普遍的価値と大学の役割

ただ、興味深いのは、そうした各国の政治劣化とは逆行するように、民間、特に産業界において倫理的思想がガバナンスに浸透してきていることだ。

2015年の国連サミットで採択されたSDGsが高らかに掲げられ、公的セクターのみならず民間企業もそうした考え方を経営に組み込むことが必要な時代になった。ESG投資も盛んになろうとしているから、意識の低い企業は株価も下落する。会社は株主だけのものではないという声が、欧米においても上がるようになった。

本学としても地域構想研究所を軸に全国の自治体と連携して社会貢献をしていこうとしているし、SDGs等にも積極的だ。日本社会の中で大学というポジションからこうした新しい普遍的価値の普及啓発に携わり、それがサスティナブルな社会づくりにつながるとすれば、こんなにやりがいのあることはない。

私自身は大学という未知の世界に入って2年にも満たないのでまだまだ教えてもらうことばかりなのだが、11月1日付で地域連携・渉外担当の副学長という重責をお受けすることとなった。もとより、自分には荷が重いかなと感じることであっても、「やってみないか」と言われたことは「はい!喜んで!」と応じようと決めて生きている。

周囲の皆さんを頼りに、ただ精一杯力を尽くしていきたい。

2019.10.01