起業家育成の進め方(1)

著者
大正大学地域構想研究所 特命教授
山本 繁

「いい人材」の定義が変わった

起業家やアントレプレナーシップを持った人材を養成したいという声を最近特に多く聞くようになった。先日、設立2年目になる長野県立大学のソーシャル・イノベーション創出センターを調査・取材しに行った際、センター長を務める大室悦賀先生(グローバルマネジメント学部企(起)業家コース長)から次のようなお話を伺った。

「(これから先は)ほんとにいい企業にならないと、いい人材は採れない。いい人材の定義も今までと違う。世界ではアントレプレナーシップがある人、社会を見ている人がいい人材」

これまで日本では「言うことを聞いてくれる人、経済しか見ていない人」が企業にとっていい人材だったという。音を立てて急速に変わる世界に合わせて、日本も考え方がだいぶ変わってきているようだ。卑近な例だが、筆者が所属する大正大学でも未来社会を見据えて「アントレプレナーシップの養成」を大学改革の5本柱の1つに置いている。

起業家育成の取り組み方について、今回から数回に分けて考察してみたいと思う。

最初に筆者の立場を明らかにしておくと、2度起業の経験がある。1度目は学生時代で、不動産投資商品を扱う会員制メディア事業が主事業だった。会社法の改正前であり、株式会社の設立には資本金が最低でも1000万円以上求められる時代。ある資産家から出資を得た。2度目は大学の卒業式の翌日にNPOを立ち上げ、その後15年間創業経営者として教育改革や若者支援につとめた。また、黎明期だった社会起業家という生き方の普及につとめた。

社会起業家時代、起業家育成プログラムには、起業家、メンター、主催者の一人として等さまざまな形で関わった。特にNPO法人ETIC.が主催する「NEC社会起業塾(現・社会起業家イニシアティブ)」と接点があったことは、大正大学に籍を移してから後述する「地域・社会イノベータープログラム」を立ち上げる際、とても役立った。日本においては数少ない起業家育成のモデルプログラムだろう。

最初にすべきは「育成」ではなく「発掘」

ある地域・大学等が起業家育成に取り組む際、最初に取り組むべきことは何だろうか。1つのヒントを今年の6月に島根県雲南市を訪問した際に得た。

雲南市で行われる「幸雲南塾」は、地域の未来に必要な人と仕事を作り出すプログラムである。筆者が知る限り、このプログラムのスタートは島根県隠岐諸島の海士町に深く関わった尾野寛明さんが同県江津市でビジネスプランコンテストを立ち上げたことと関係がある。というのは、そのビジネスプランコンテストを見た雲南市職員から相談を受けた尾野さんは「二番煎じはやめませんか。”育成”ではなく担い手”発掘”塾をやりましょう」と提案したという。雲南市は多機能小規模自治の先進地区。と同時に、竹下登さんを輩出するような土壌もある。既に活動を始めている若者は一定数いるだろうと予想したのだ。

案の定、幸雲南塾の第1期生からはコミュニティ・ナース・プロジェクトを立ち上げた矢田明子さんらが”発掘”された。その後、矢田さんを中心とした1期生らはNPO法人おっちラボを設立。雲南市で同塾の運営を含むさまざまな人材育成活動を展開するまでに今では発展している。尾野さんの狙いが見事に当たった形だ。

行政・大学等が既に挑戦している若者を発掘・可視化することは、彼・彼女らをオーソライズし、その活動を加速させることにつながる。このことは2つの効果を次世代にもたらすと考える。

1つは代理経験。代理経験とは、身近な他者の成功を見て、自分にもできるのではないかという感覚を持つことを指す。

もう1つは、先に発掘された起業家は、次の起業家のメンターになりうる。彼・彼女らを巻き込むことで、起業家育成体制を充実させることが可能となる。

本学での事例

今年1月に本学でスタートした「地域・社会イノベータープログラム」も幸雲南塾とほぼ同じ始め方をしている。まず初めに、地域や社会の課題解決を目的に既に起業している卒業生を発掘し、プログラムのメンバーとして選定した。貧困家庭の子どもたちへの学習支援に取り組むNPO法人SLC代表理事の幅野裕敬さん(24)と若者のうつ・自殺対策に取り組むNPO法人LightRing.代表理事の石井彩華さん(30)の二人だ。お二人とも大学在籍中から活動を始めていたという。しかし本学が公式に幅野さんや石井さんの活動を支援するのはこれが初めて。各起業家には起業経験者が担当者として付き定期的にハンズオンで相談に乗るほか(内容は連携・営業先の紹介から、商品・サービス内容、組織運営、資金調達まで多肢にわたる)、プログラムについて大学公式サイトやプレスリリースなどで発信し、本学なりにお二人の活動を組織的にオーソライズしようとつとめている。

また、プログラム開始時にはキックオフイベントを開催し、そこに起業家志向を持つ在校生・卒業生を呼び込んだ。主な狙いはプログラムの広報と代理経験を生むことにあった。

現在は在校生・卒業生向けに展開する起業準備のためのプログラムに力を入れている。参加者はプログラムの内容や実施時期により異なるが、毎回10~30名程度で、9割以上が卒業生ではなく在校生が占める。

なお、このプログラムには本学の同窓生かつ教員で、15年以上の起業・経営経験を有する山中昌幸先生(NPO法人JAEファウンダー)が統括ディレクターをつとめている。同窓生のこのような関りもまたプログラム参加者たちの代理経験を生んでいると感じる。出身者を主催者側に加えることのメリットと言って良いのではないか。もちろん起業家としての能力・経験と、コミュニケーションを通じて他者の成長を支援する力がなければ育成する側はつとまらないのだけれど。

次回からは起業(事業開始)の前・後に分けて、起業家の「発掘」ではなく「育成」について考察したい。

2019.09.02