新旧の街並み

著者
大正大学地域構想研究所 顧問
養老孟司

江戸末期の横浜の写真を見て、びっくりしたことがある。なまこ壁に瓦屋根、みごとに統一された街並みである。現代のまったくてんでんばらばらと言っていい街並みを見つけていると、こんな写真で驚いてしまう。

考えてみれば、当時は建築材料も限られている。外国人がやってくるというので、大急ぎで作ったに違いないから、まずは材料の関係で統一されたらしい。統一しようと思ったわけではなく、やむを得ず統一されてしまったのであろう。

イタリアやスペイン、アドリア海沿岸のクロアチアなどを訪問すると、たしかに街がきれいである。ドブロヴニクなどは世界遺産に指定されていたと思う。これも多分に材料が関係しているのではないか。あるいは新しい材料を使うことに対して、保守的なのかもしれない。鉄筋コンクリートの鉄は、日本では輸入するしかない。地元から十分には調達できない材料を使って、建物を作るのは、危ないに決まっている。いつでも供給可能という保証がないからである。

日本人は水と安全はタダだと思っている。よくそう言われる。たとえば旅行時のホテルの代金を考えるとわかる。私は外国旅行では高いホテルに泊まる。その意味は安全性である。つまり高いのは保険料を含むからだと考えている。それを単に贅沢だと思っている人がいかに多いか。舛添前都知事の弁明を聞いた時にもそう思った。あの地位の人なら、高いホテルに宿泊して当然である。それがわかっていないらしく、奇妙な弁明をしていた記憶がある。政治の世界なら、じつはさまざまな危険があって当然である。普通の人はそれを考えないから、高級ホテルを単に贅沢のための存在だと思ってしまう。

衣食住の背景には安全性がある。それは当然だが、意外に忘れがちでもある。危険は日常的でないことが多いからである。しかも危惧したことが起こらなければ、準備は無駄に見えてしまう。古い街並みはそうしたさまざまな危険を通り抜けてきたから、いわばある安定した雰囲気を持つのだと思う。

私は鎌倉という町で生まれ育った。鎌倉は人気があるが、その一つは雰囲気であろう。論理的に良い街だと言おうとすると、なにも根拠がないことに気づく。海も山もあるが、そんなものは日本中いたるところにある。物価は高いし、税金も高い。観光客が多すぎて住むにはおよそ不便というしかない。それがよく見えるとすれば、なにかの偏見だというしかない。

それを突き詰めると、雰囲気という話になる。もともと神社仏閣が多く、さらに別荘地だったから、周囲に余裕をもたせた建物が多く、それが雰囲気を生んでいるらしい。しかしその街の中で、いちばん人通りが多いのが小町通りである。ここはふだん観光客で埋まっているから、私はほとんど行かない。要するに商店街だが、あっという間に店が入れ替わる。しばらく行かないと、エッ、と思ってしまう。ここではまさに街並みが生きて動いているのである。

思えば、どの街にも入れ替わる部分と、変わらない部分があるはずである。そのバランスもまた、雰囲気の一部なのかもしれない。東京なら、下町と山の手という大きな区分がある。東京は大きすぎるので、訪問すれば、どちらかということにならざるを得ない。鎌倉程度の小規模の街なら、その両者を同時に経験できる。その意味では、京都が典型的にそのバランスをとった街か、と思う。

 

自宅玄関前で愛猫まると。
撮影●島﨑信一

 

 

2019.08.01