若者が海外旅行から離れたのか

著者
大正大学地域構想研究所研究員
李崗

成熟した日本人の海外市場

近年、国の戦略的な促進を背景に、訪日外国人観光客の急増が周知のようです。インバウンド旅行は観光関連業界や各自治体からの注目を集めており、メディアにも毎日のように取り上げられています。一方、日本人の海外旅行はインバウンドの賑やかさに比較して、個人や家族、友達レベルの話題にとどまっています。世間一般の関心を引くほど影響力がなくその勢いが衰える一方のようです。その理由として、日本総人口の減少や、長年の経済不振、消費税増税による可処分所得の減少などがよく挙げられています。

しかしながら、法務省が発表した年別の日本人出国者数の推移(下表)を見ると、バブル崩壊以降も、大規模な鳥インフルエンザが発生した2003年を除いて日本から出国した人の数は毎年1500万人を超えています。2012年には過去最高の1,849万人を記録し、2017年の海外旅行者数は1,789万人で過去2番目の数字となっています。前述のイメージに反して、実は日本人の海外旅行者数には大きな変動が見られません。日本では海外旅行の熱が下がったというより、特に話題として取り上げるほどの重要性をなくしたといったほうが適切でしょう。

年別日本人出国者数の推移(1964年以降)

若者が海外旅行から離れたのか

また、従来海外旅行の主力を担ってきた世代が加齢のため、次第に旅行の舞台からフェイドアウトするのと並行して、若者の旅行離れが止まらないという論調もよく耳に入ります。その論拠として、①若者の旅行者数の減少、②若者の出国率の低下、③旅行が若者の消費行動に占める優先順位の低さなどが上げられています。この「若者の海外旅行離れ」論を批判する研究者は多数存在するし、積極的に海外を目指す若い人たちからも反発を受けています。その矛先は観光業界にも向けられています。多岐にわたる反論の中に、次のようなものがあります。日本社会のマクロ環境の変化が前提にあり若者の海外旅行に影響を及ぼしていることは言うまでもないが、それよりむしろ、観光業界のほうに責任が大きいのではないか。つまり、団塊世帯やバブル世帯の社会進出とともに成長してきた日本の観光業界は、次第にグローバル時代と情報化社会を生きる若者のニーズに追い付いていけなくなり、また海外旅行の潜在層に実在する障害要因を把握できていないため、適切な解消方法も提案できなくなったことが主因だ。そして、そもそも「若者の海外旅行離れ」論は、「大量生産、大量消費」に特徴付けられる近代消費社会に根付いたもので、「消費しない人に価値がない」という産業社会の暴力性が含まれている。その背後に、「旅行しない=社会不適応」という非難めいた考え方が見え隠れする。さらに、余暇の楽しみ方が多様化した今、日常生活からいったん離れ非日常を体験するという行為自体の魅力や意義が薄まっているのではないか、旅行の本質的な部分にまで突き詰められています。

長年、日本の観光振興に貢献してきた観光業界には厳しい批判になりますが、完全に的外れとも言えません。若者の海外旅行の対応に関して、日本のホテル企業を一例として紹介します。日本のホテル企業は、1986年からバブル景気に下支えされ拡大した日系企業の海外進出と日本人の海外旅行ブームと同時に、世界各地に事業展開をしましたが、そのメインターゲットは日本人のビジネスマンと団体旅行者でした。バブル崩壊後、若年層を含め日本人の出国者数が増えたにも関わらず、日本ホテル業は海外からの撤退が相次いでいます。2011年以降海外へ再挑戦する企業も現れましたが、その範囲はアジア市場に集中しています。若者が海外旅行先として選好するフランス、イタリアなどの欧米諸国での新規開業はわずかしかありません。たとえ現地に日系ホテルがあったとしても、現地の競合ホテルの進化により、若者に日系ホテルならではの優位性を打ち出しにくくなっています。それが加担して、若者がかつてビジネスマンのように、意識的に日系ホテルを選択する理由がいっそう薄くなります。結果的に日本の海外旅行の主力となりつつある若者は、次第に日本のホテル企業から離れていく事態が起こっています。

世界的に見ても観光の変革期とも言われる現在、ボーダレス化の深化、スマートフォンの普及に伴う発信ツールの変化、airbnbに代表されるシェアリングエコノミーの台頭、旅行市場の細分化、日常生活の観光化など、観光の領域を超えて社会全般に大きな変化が起こっています。言うまでもなく、これらの変化は必ずしも観光市場の縮小に結びつくとは限りません。例えば、SNSの普及は、都会にいながら外部世界と繋げるため、実体験を求める旅行へ出かける意欲を低下させると言われる一方、SNSを新たなプロモーションツールとして活用している地域が多く、正確な情報をリアルタイムで発信できるため、インバウンド観光客には好評です。旅行市場の細分化について、前回の投稿では、中国人観光客は年齢層によって観光行動にそれぞれ特徴があると述べましたが、同じようなことが日本人観光客においても言えます。若者の海外旅行を促進するには、やはり「若者」と一括りにせず、日常の消費行動や旅行経験などを細かに分析し、対策を講じる工夫が必要となります。

来年のオリンピック・パラリンピックの開催に控えて、多くの地域がインバウンドの促進に目を奪われるのは理解できますが、現在急成長している中国や東南アジアといった海外旅行市場も、いずれ日本のように成熟化していきます。それが来る前の残された時間に、今一度足元に目を向け、日本人にとっての旅行の意義を考え直したほうがいいかもしません。

2019.03.15