図書館とは

著者
大正大学地域構想研究所 顧問
養老孟司

図書館は苦手である。国立国会図書館に手続きをしておけば、仕事上は便利だとわかっている。でもやらない。東京大学の図書館に登録しておけば、昆虫の文献を入手するのに都合がいい。何度か手続きに行こうかと思ったけれど、まだ行っていない。要するに怠け者なのである。これを書きながら、図書館に行かなきゃ、とまた思う。

私は本の使い方が荒い。すぐに線を引く。頁を破る。図書館の本ではこれができない。さらに本を読むなら、電車の中がいちばんいい。だから新幹線の出張がないと、なかなか本が読めない。現代版の二宮尊徳である。あの人は歩きながら本を読んだらしい。少なくとも銅像はそうなっている。

大学勤務の頃は、校内を本を読みながら歩いた。いや、地下鉄で読んで、そのまま読みながら歩いて、大学に通ったような気がする。ということは、歩道上でも読んでいたのである。ある時、前にだれかが立ち止まって、先に行けない。本の頁から目を離して、前を見ると、外国人の顔があった。ニコニコしている。子どもの時に、同じことがあった。この時は顔を上げたら、目の前にあったのは馬の顔だった。

人口当たりにすると、山梨県が図書館数がいちばん多いという。一般には、過疎と言われる地方で人口当たりの図書館数が多い。さらに山梨県は平均寿命が長い。だから図書館の数と長生きが関連しているという説もある。これは因果関係ではないと思う。人口当たりの図書館数と、長生きするような状況が、共通の原因から生じているに違いない。要するにゆったりしていて、人生に時間と余裕があるというわけであろう。

図書館は著者として言うなら、かならずしも好ましくない。読者が本を買ってくれないからである。これを議論し始めると、面倒なことになる。図書館が普及すれば、読書に対する理解も需要も大きくなる。ただし本が売れるようになる保証はない。高額でわずかしか部数が出ない本なら、図書館が買ってくれるのはありがたい。

佐伯泰英さんの時代小説は、五千万部出たという。これは図書館向きではない。というより、読者が自分で買わない限り、こんな部数は出ない。それでも売れる本は売れるんだなあと思う。ハリー・ポッターのシリーズは、世界で億単位で売れたという。それなら本が売れないのは、商品としての書物が需要に合ってないに違いない。では需要に合わせればいいかというと、それも違うことはわかっている。良い本が売れるとは限らないとは、だれでも知っていることだからである。

本の需要は読みにくい。というより、読めないのであろう。だからたくさん本が出る。下手な鉄砲、数打ちゃ当たる。今度はそれで図書館が困る。本が多すぎて、選ぶのが大変である。いまは本は邪魔ものになった。家に置く場所がない。だから私は自分の著書をできるだけ知人に送らない。

そうだ、本棚を片付けなきゃ。机の上はほとんど空いたことがない。本が積み重なっている。これも図書館が利用できない理由である。手に入れる本が多すぎて、読んでいる暇が足りない。変な時代になりましたなあ。

 


箱根の別荘で。 撮影●島﨑信一

2019.02.14