私領域のアクターの発掘と活性化

著者
大正大学地域構想研究所助教
髙瀨 顕功

川崎市の特徴と社会実験のフィールド

社会実装を念頭に置いたRISTEX「都市における援助希求の多様性に対応する公私連携ケアモデルの研究開発」の期間もいよいよあと1年を切りました。

本研究開発は、私たち地域構想研究所だけでなく、上智大学グリーフケア研究所、大学院医学系研究科、東京大学大学院工学系研究科、東京大学大学院人文社会系研究科、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターの5機関の共同、および川崎市健康福祉局障害保健福祉部精神保健福祉センターの協力によって進められてきましたが、ゴールを見据え、社会実装への取り組みが行われるようになってきました。

地域構想研究所のグループでは、これまで授業を研究と掛け合わせて実施してきたコミュニティカフェをフィールドである川崎で展開し、集いの場をつくる社会実験に取り組んでいます。

川崎市は人口150万人の大都市。南北に伸びる細長い市域には、7つの行政区があり、様々な地域特性がみられます。たとえば、南部の川崎駅周辺は昼夜を問わず人が多く賑わっている一方、川崎駅から離れた多摩川沿いの低地や多摩丘陵にはのどかな田園風景が広がり、丘陵部には新興住宅地が多く形成されています。

また、東京のベッドタウンとしての性格が強い街で、小田急線、京王線、東海道線、東急田園都市線、東急東横線などの通勤路線を通じて東京都心部との交流が深く、路線ごとに東京区部・横浜市北部を含めた沿線地域圏を形成する傾向にあります。そのため、単体の市としての地域的一体性は比較的乏しく、路線沿線ごと、行政区ごとにそれぞれ別々の特徴を持つ地域であるといえるでしょう。

急速に開発が進む武蔵小杉駅前

 

この多様性に富むまち・川崎市の中で、今回は武蔵小杉地域をフィールドに、コミュニティカフェの実験を行いました。武蔵小杉といえば、近年、開発が著しく進み、「住みたい街ランキング」の上位の常連になっています。たしかに、武蔵小杉駅にはJR、東急と各路線が接続するため都心へのアクセスも良く、駅周辺には高層マンションが林立し、人口も増加しています。一方、急激な開発に伴う、駅の混雑、待機児童の急増、ビル風による事故の危険・歩行困難などの問題も指摘されています。また、以前よりこの地に住んでいた地域住民と、新たに転入してきた住民とのコミュニケーション不足もささやかれます。

さらに、高層マンション群に住む世帯は、マンション購入を機に故郷から高齢の父母を呼び寄せるケースも少なくないようです。しかし、住み慣れた土地からの転居は、リロケーションダメージが大きく、高齢者にとっては知り合いのいない不慣れな土地で生活するという、高ストレスな生活環境に陥りやすいのです。

したがって、この場所で、地域住民同士が交流できる「集いの場=コミュニティカフェ」を開催することは地域ニーズにもかなったことといえるのです。

既存の組織との連携

コミュニティカフェの開催といっても、私たちには土地勘も支援者もありません。そこで、川崎市内の町内会・自治会調査を通じて知り合った、市ノ坪上町会のお力を借りることにしました。市ノ坪上町会は武蔵小杉駅から徒歩5分のところにある市ノ坪神社の社務所を町会会館として使用し、地域住民の交流促進、見守りなどにかかわっている地縁組織です。

市ノ坪上町会では、近年の人口増加に対する子どものイベント参加者数は増えた一方、町会の運営にかかわる人手不足が指摘されています。また、地域内住民の高齢化も懸念されています。町会会館を活用したコミュニティカフェの提案に当初わからないことだらけでためらいもありましたが、大正大学での実践をご覧になり、共同での実施を了承してくださいました。

市ノ坪神社に隣接する町会会館(右手)

 

開催にあたって新たな組織を立ち上げるのではなく、既存の地縁組織と共同することのメリットはいくつかあります。まず、活動場所が確保できることです。「場所」を安定して確保することは多くの市民団体にとって重要な課題です。その点、既存の地縁組織は、自前の町会会館を有していたり、地域の鎮守(神社)の境内に社務所と併設して建物を有していたりするケースが少なくありません。

つぎに、活動主体の信頼性の担保となることです。外部の人間が新たなものを始めようと思っても、地域住民からすれば「あの人たちは誰だろう」と思うのは必定です。参加して大丈夫なのか、変なものに巻き込まれないか、すでに顔の見える関係性を有する地元の方々と協力して実施することで、そんな不安を払しょくし、新たな活動を安心して受け入れられてもらえます。

そして、地域でのネットワークを有していることです。前述の信頼性の担保にもつながりますが、地域ネットワークを有している地縁組織の方々は、地域の悩み事に明るいことがほとんどです。困っている人や気になっている人への声掛け、参加してくれそうな他の組織への呼びかけなど、外部の者には見えない援助希求にアクセスできるのです。

このような、地縁組織の強みを生かして、10月から12月にかけて学外でのコミュニティカフェを実験的に運営することになりました。その内容や成果については次回以降報告をさせていただきたいと思います。

2018.12.14