学会・宗教界の動向

著者
大正大学地域構想研究所・BSR推進センター主幹研究員
小川有閑

社会参加・社会貢献する仏教

2015年度から3年間、BSR推進センターが中心となって日本学術振興会科学研究費・挑戦的萌芽研究「多死社会における仏教者の社会的責任」(研究代表者:林田康順仏教学部長)を進めてまいりました。研究着手にいたる社会的背景については、前回、説明しましたが(前回記事:高齢者ケアに僧侶はどう関われるか?)、今回は学会・宗教界の動向に目を移して、当研究を位置づけてみたいと思います。

海外を中心とした仏教研究では、1990 年代頃よりベトナムのティク・ナット・ハンやインドのアンベドカル、チベットのダライ・ラマなど政治や社会制度に深く関与する仏教者が注目をあびるようになり、Engaged Buddhismという概念が形成されるようになりました。仏教は個人の内面に重点が置かれるものと考えていた欧米研究者に、社会に積極的に関わる仏教者の活動が新鮮に映り、新たな仏教運動としてとらえられたとも言えます。日本にも2000 年代から紹介されるようになり、『社会をつくる仏教―エンゲイジド・ブッディズム』(阿満利麿、人文書院、2003 年)、『日本の社会参加仏教―法音寺と立正佼成会の社会活動と社会倫理』(ランジャナ・ムコパディヤーヤ、東信堂、2005 年)などが著されています。

また、近年の宗教学界や宗教界では、『社会貢献する宗教』(櫻井義秀・稲場圭信編、世界思想社、2009 年)、『社会貢献する仏教者たち』(臨床仏教研究所編、白馬社、2012 年)など、「宗教の社会貢献」が積極的に議論をされるようになっています。特に東日本大震災は、僧侶による心のケアや寺院の避難所利用など、仏教者の役割が見直される契機となり、公共空間での仏教者の活動、社会貢献が注目されるようになってきました。これは、メディアの報道にもあらわれていて、かつてどこまで宗教者が公的な領域に入るべきかといった政教分離の問題など、高いハードルとして考えられていましたが、東日本大震災での宗教者の取り組みは、共感的・肯定的に論じられることが多く見られました。

臨床宗教師運動

また、多死社会を迎えるにあたり、死にゆく者へのケア(ターミナルケア)、遺族の悲しみへのケア(グリーフケア)も喫緊の課題となっています。

東日本大震災がひとつの契機となり、2012 年に臨床宗教師講座(東北大学)が開設されました。かねてより終末期医療の現場で宗教者の存在が必要と考えていた爽秋会岡部医院理事長の故・岡部健医師や宮城県の宗教者たちが中心となり、震災直後に「心の相談室」が発足。相談室の事務局は東北大学宗教学研究室が担いました。その流れのなかで、2012年4月、東北大学に実践宗教学寄附講座が開設、「臨床宗教師」養成が始まったのです。臨床宗教師とは、宗教施設を離れ、医療現場や災害現場などの公共空間において、布教・勧誘をせず、相手の価値観を尊重しながら、心のケアを行う宗教者を指します。公共空間では、さまざまな信仰を持つ人々と向き合うことになりますし、相手の信仰に応じた宗教者を手配する必要も出てきます。そのために、臨床宗教師には、他宗教への理解、コミュニケーション能力・宗教間対話力が求められ、一方で、自身の信仰を押し付けたり、布教を行ったりすることは厳に禁じられています。臨床宗教師育成の輪は広がりを見せていて、現在、東北大学、龍谷大学、鶴見大学、高野山大学、武蔵野大学、種智院大学、大正大学で養成講座が開講されています。その他にも、2013年に臨床仏教師講座(全国青少年教化協議会)が臨床仏教師を養成しています。

仏教者は伝統的に檀信徒や近隣住民の死に関わってきた、いわば死の専門家でもあり、グリーフケアの専門家でもあり、多死社会において果たすべき責任は大きいでしょう。こうした自覚、また歴史的にも老病死の苦しみに向きあってきた宗教者の役割からも、臨床の現場に積極的に関わっていく宗教者・仏教者は増えていっていると言えます。

平時の行いを見落とさないように

しかし、Engaged Buddhism は政治や経済などへの働きかけ(社会運動)を想定しており、社会貢献は他の社会集団や一般市民への利他行為を主対象とした「分析よりも評価に軸足を移した概念」(『社会貢献する宗教』4 頁)です。これらの視点からは、たとえば、平常時の宗教行為や檀信徒および地域社会とのコミュニケーションが抜け落ちてしまい、評価も偏りかねません。たとえば、法事や葬儀、法話などは評価されなくなってしまうということが起こり得ます。

臨床宗教師運動も同じような懸念が生じえます。一定の訓練を受けて、布教・教化をしないという宗教者だけが病院や介護の現場に出られるようになってしまい、長年、お付き合いをしてきた菩提寺の住職が、檀信徒の看取り段階から除外されてしまうかもしれません。日頃の檀信徒のお付き合いも、ある意味では「臨床」であり、価値あることでしょう。

私たちとしては、つい見落とされがちな仏教者の日常の活動も視野に入れて、超高齢・多死社会における仏教者の社会的責任というものを考究していこうという姿勢で、研究を進めていきました。

2018.08.20