子供・若者たちの成長の”インフラ”

著者
特命教授
山本繁

新規大卒就職者の6~7割が10年以内に初職の企業から転職するにもかかわらず、初職の企業に「福利厚生制度の充実」を最も求めているギャップと、その要因として学生たちは不正確な事実認識に基づいた就職活動を行っていることを本欄で前回(「福利厚生制度の充実」と”現実”とのギャップ)は述べた。

今回からは、子供・若者たちが安心して学び・挑戦・成長し、30代以降、子育て・介護・健康維持・地域コミュニティにもコミットできる社会を、いま大人である我々がどのようにして作っていくことが可能なのか、数回に分けて論じてみたい。

正確な事実認識を持つために、大人がすべきことは

まず、学生たちが社会に対する正確な事実認識を持てるようにするにはどうしたらよいのだろうか?それには、第一に大人たちが正確な事実認識を持っていることが必要だと考える。社会はこれまでにない速度で変化している。であるならば、正確な事実認識を維持するには、大人もその変化と同スピードで勉強する必要がある。

しかし、もしあなたがそんなことを職場や地域の集まりで言おうものなら

「いや、大人は仕事で忙しいんだよ。勉強している暇なんてないよ。」

という声がすぐに聞こえてくるのではないだろうか。

中国にはこんな逸話があるらしい。

山でキコリが木を切っていました。そこに男が通りかかって言いました。

「ねえねえ、キコリさん。のこぎりの刃がボロボロになっていますよ。研いだらどうですか。」

キコリは言いました。

「いや、僕は木を切るのに忙しいんだよ。刃を研いでる暇なんてないよ。」

すでにお気づきの通り、この逸話は刃を研ぐこと、本稿の文脈に照らせば勉強することの大切さを説いたものである。男がキコリにした提案は正しい。昨夜も勉強せず呑んで寝てしまった筆者には、ぐうの音も出ない。

学びの場のインフラとしての奨学金制度はこれでいいのか?

さて、そんなわけで大人が勉強し、事実認識を更新し、学生たちにインフォメーションする内容が変わったとする。子供・若者たちが安心して学び・挑戦・成長するには、加えて現状の何を具体的に変える必要があるのだろうか?

子供・若者たちにとって大きな足かせの一つは、大学・短大・専門学校への進学に伴う奨学金の借入である。

今日、我が国の学生の半数はなんらかの奨学金を借りている。最も多く学生に利用されているのは独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)で、第1種奨学金(無利子)の利用者は年間50万人で、平均貸与総額は237万円。第2種奨学金(有利子)の利用者は年間81万人で、平均貸与総額は343万円。平均貸与総額とは、大学・短大・専門学校卒業時点での債務残高と同義だとお考えいただきたい。

一方で、新規大卒就職者の初任給は年間約200万円(手取り)。年収総額を大幅に上回る債務残高は、若者たちのキャリア形成に当然大きな影響を与える。

こういった現状に課題意識を感じているのは今や政府や大学だけではなくなりつつある。民間企業や基礎自治体による給付型奨学金が近年生まれている。

いくつかご紹介したい。

1つめは、沖縄県のオリオンビール社で、平成29年に創立60周年を記念し、大学進学者に対して奨学金を給付する「オリオンビール奨学財団」を設立。給付額は月5万円。大学卒業後に同社に就職するなどの条件はない。

2つめは、愛知県の蒲郡信用金庫で、高卒で入庫した職員に通信制大学の学費を全額助成する制度を今年4月から設けた。基本的には金融業に生かせる学科で、一人当たり4年間で80~200万円の助成を想定。また、大学時代に利用した奨学金の返済支援も開始している。

3つめは、佐渡市。大学卒業後10年以内に継続して5年間、佐渡市に住所を有し、かつ、就労していることを条件に奨学金の返還免除を市が制度化している。

また、本学の地域創生学部では今年度「地域人材育成入試入試(奨学金型)」を開始している。一都三県を除く地方出身者が対象で、合格者は4年間の授業料が全額免除される。都市と地方の経済格差への配慮、並びに、大学卒業後のUターンのしやすさを重視した制度設計となっている。定員は年間20名。

ご紹介したような給付型奨学金が今後さらに広がり、多くの若者が選択しうる選択肢になった際は、若者たちはキャリア形成における自由を現時点よりは得られることになる。大きな足かせが一つなくなる。(もちろん、あくまで本人の自己選択が優先されることが重要であることは言うまでもないことを書き添えておきたい。)

今回は子供・若者たちの学び・挑戦・成長のベースとなる”インフラ”について論じた。次回はその”内容”に焦点を当てたい。

2018.08.08