「福利厚生制度の充実」と”現実”とのギャップ

著者
特命教授
山本 繁

新規大卒就職者の6~7割が10年以内に離職

厚生労働省「新規大卒就職者の事業所規模別離職状況」によると、平成26年3月卒の新規大卒就職者の離職率は、1年目終了までが12.2%、同2年目22.8%(1年目終了までと比べて10.6%増加)、同3年目32.2%(2年目終了までと比べて9.4%増加)だった。

この数字自体は目新しいものではないが、4年目から10年目までの離職率が年平均5%だったと仮定した場合、その7年間でさらに35%が離職することになる。1年目から3年目終了までが32.2%、4年目から10年目終了までが35%、ということであれば、合わせて67.2%になる。年平均4%に変更した場合は32.8%+28%=60.2%である。

「日本は新卒一括採用・終身雇用」と言われるが、実際は新規大卒就職者の6~7割が10年以内に離職していると考えて差し支えないだろう。ちなみに事業所規模別で従業員1,000人以上というと相当な大企業だが、3年以内に離職した新規大卒就職者は24.3%だった(平成26年3月卒)。4年目から10年目終了までの離職率を年平均4%と仮定した場合、24.3%+28%=52.3%。年平均3%では24.3%+21%=45.3%。従業員が1,000人を超える超大企業においても新規大卒就職者の4~5割が10年の間に離職していると言える。

ところで、就職情報大手マイナビ(東京・千代田)が2019年卒業予定の学生を対象に単一回答で集計した調査結果では、就職活動中の学生が企業選びで最も注目するポイントは「福利厚生制度の充実」(14.3%)だったという。2位以下は「社員の人間関係が良い」(13.8%)、「企業経営が安定している」(13.1%)、「自分が成長できる環境がある」(10.0%)、「希望できる勤務地で働ける」(8.0%)が続く。
(出典:「2019年卒 マイナビ大学生広報活動開始前の活動調査」株式会社 マイナビ)

ここで読者諸氏に立ち止まって考えてみていただきたいのは、新規大卒就職者の6~7割(大企業の場合4~5割)が10年以内に離職するのに1位が「福利厚生制度の充実」だったことだ。

ご家族に障碍を持った方がいる、介護が必要など、就職直後から手厚い福利厚生を重視すべき場合も確かにあるだろう。しかしながら、もしそのような事情がなければ、新卒で入社する会社に福利厚生を求める理由がどこにあるあまりないのではないだろうか。特に新卒5年目くらいまでは福利厚生制度を使う場面が極めて限定されることから、「ほとんど必要ない」と言っても差し支えないと筆者は考える。

では、就職活動で重視すべきことポイントは何だろうか?一般的には「成長可能性」や「将来の自分の市場価値」、言い換えれば「転職可能性を高められる環境かどうか」だろう。上記の第4位「自分が成長できる環境がある」(10.0%)に相当する。しかし、わずか1割では成長意欲に欠けると言われても仕方あるまい。我が国の労働人口は少なくとも今後30年は一貫して減少し続ける。それを労働生産性の向上でカバーするには、子供・若者たちへの教育投資を一層進める必要があるが、当の子供・若者たちの成長意欲が希薄であれば、教育投資を量的に拡大しても成果は限定的にならざるを得ない。

そもそもなぜ学生たちは新卒1社目から手厚い福利厚生制度を求めているのだろうか。1社目の会社で生涯働き続けることは稀であり、何度も転職する方が多数派にもかかわらず。

筆者の勝手な推測だが、一つは学校、保護者、マスコミを含む周囲の大人の価値観を内面化した、もう一つは彼らが受けてきた教育内容が生涯で何度も転職する社会を前提としたものではなかった、という2つの要因があるのでないだろうか。
この場合の周囲の大人の価値観とは「生徒・我が子には安定してほしい(同じ会社で長く働き続けてほしい)」であり、彼らが受けてきた教育内容から彼ら自身が考えるのは「これは良い企業に就職するための教育であり、良い企業に入れば安定した人生が待っている。もし仮に生涯で5回、10回の転職が当たり前なのだとしたら、このような教育内容であるはずがない」ということである。

加えて、勤務先の福利厚生制度が個人にとって重要になるのは一般的なライフサイクルで言えば30代以降であり、平均的な若者にとっては2社目以降だが、企業はそのようなことを十分承知の上で、20歳前後の若者に福利厚生制度の充実をアピールするのだろう。
なぜか?彼らのニーズに合っているからだ。悪循環だ。

「福利厚生制度の充実」が第1位という調査結果は、我々は何かを変える必要がある。つまり、子供・若者らを取り巻く大人や学校が変わる必要がある、というメッセージではないのか。子供・若者たちの意識や行動は、家庭や学校で見聞きしてきたことの反映だとしたら。
子供・若者たちが安心して学び・挑戦・成長し、30代以降、子育て・介護・健康維持・地域コミュニティにもコミットできる社会を、いま大人である我々こそが作っていくことが、地域や日本の持続可能性向上に必要ではないだろうか。

2018.06.18